キリスト教会の礼拝などに通ってみようと思ったとして、忙しい社会人はキリスト教会に通えるものでしょうか。
忙しくてもキリスト教会に行ってみるのは可能
忙しくて時間がない社会人でもキリスト教会に行ってみることはできます。
行くキリスト教会を決めて、メールなどで連絡して、「仕事が忙しくて行けるタイミングがなかなかありませんが、後日行ける状況になったときにうかがいます。」と伝えておきます。
たまたま日曜日の礼拝に行ける状況になった日に教会に行ってみます。
また教会に行ってみたいと思ったら、帰りに受付の人などに「仕事が忙しくて次回いつ来れるか分かりませんが、来れる状況のときに来たいと思います。」と伝えておきます。
忙しい社会人は実質的にキリスト教会に通えない
忙しければ物理的に通えない
仕事が忙しい会社員で日曜日の出勤が頻発するとしたら物理的にキリスト教会の礼拝に通えません。
個人で仕事をしている人も日曜日の業務が頻発するとしたら物理的にキリスト教会の礼拝に通えません。
礼拝をライブ配信しているキリスト教会も多いですが、多くの社会人が毎日パソコン画面ばかり見て仕事をしていて礼拝でまで液晶モニターを見たくない人も多いと思うのでオンラインでも積極的な礼拝参加は見込めません。
忙しければ肉体的、精神的にキリスト教会に通えない
もし日曜日の業務がない場合でも、月曜から土曜まで長時間過密労働をしている忙しい社会人なら日曜日は肉体的、精神的に力尽きているのでキリスト教会に通えません。
無理して通ったら心身の健康を害します。
イエスの「疲れたものは私のところに来なさい、休ませてあげよう」という言葉の意味は不明
マタイによる福音書の11章28節に、ナザレ村出身の大工のイエスの「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」というセリフが出てきます。
イエスは2000年前に生きていた人なので「わたしのもとに来なさい」と言われてもどこに来いと言っているのか分かりません。
また、「休ませてあげよう」と言われても会社の仕事や個人事業の仕事で忙しいけれでも納期に間に合わせるために働かざるをえない状況にいる社会人は休みたくても休めないから困っているわけで、「休ませてあげよう」と口で言われてもどうにもなりません。今日も過労で倒れそうになりながらも生き延びるために疲れて働くだけです。
そのようなわけでマタイによる福音書の11章28節のイエスの言葉が何を意味しているのかよく分かりません。
忙しくて倒れそうな社会人に対して無責任に「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」などという言葉を伝えたら、その人は怒り心頭に発して新約聖書をビリビリに引き裂いて薪ストーブにくべて燃やしてしまうか、古本屋の買取に持っていく可能性もあります。
結局忙しい社会人は実質的にキリスト教会に通えない
以上のような事情で、忙しい社会人は実質的にキリスト教会に通えません。
キリスト教会に通えているのは時間と金に余裕のある人だけです。
金は関係ないのではないかという疑問
時間に余裕のある人だけがキリスト教会に通っているのは分かるが、金に余裕があるかないかと教会に通えるかどうかは無関係のように思うかもしれません。
時間の余裕と金の余裕は密接に関係しています。
2人の人がだいたい毎日同じくらいの時間働いて、一方は年収800万円、もう一方は年収180万円だとします。
年収が何倍も違うので、同じ1時間働いて得ている収入を比較しても何倍も差があります。
年収180万円の人は1時間働いても収入が少なすぎればさらに長時間働いて収入を増やす必要が出てきます。
結局、多くの場合低収入の人ほど生き延びるためには長時間労働をせざるをえない状況になります。
だから金の余裕がない人は時間の余裕もありません。
現状では忙しい社会人に救いはない
金と時間に余裕がある人しかキリスト教会の礼拝などに通えず、キリスト教会に通わない場合は教会とのつながりもほとんどなくなるのがキリスト教会の実態なので、忙しい社会人が救いを求めてキリスト教会に行っても結局疎遠になって特に救いもありません。
仏教の寺院の場合は、寺の前の看板に月例法話の案内などが出ていることもありますがたいていは月1回くらいの頻度で、8月はお盆で月例法話は休みだったりして、忙しい社会人にとって仏教の寺院はキリスト教会よりさらに通いにくいです。
私の経験ではそのような感じです。
イスラム教の場合
イスラームのモスク「大塚マスジド」の事務局長の人がNHKの「こころの時代-宗教・人生-」でモスクにはイスラム教徒以外の人も来ていい、と言っていて、イスラム教徒でない日本人が相談に来たり礼拝に参加しに来たりもすると言っていました。
ですので地元のモスクにメールして「生き延びるために働かざるをえなくて過労で倒れそうで救いがなくて力尽きそうで、救いを求めている者ですが、一度見学に行っていいですか」と連絡してみるのもよいかもしれません。
より深刻な場合 地元の政党の議員事務所に行ってみる
救いがえられなくても当面は生きていけそうなら引き続き生きますが、もし長時間過密労働で死の直前になっているなら会社員なら労働組合へ相談してみます。
労働組合、行政機関、その他いろいろなところに相談して、もし議員事務所に相談に行っていないなら地方議会の議員の事務所などに相談に行ってみるのもよいかもしれません。
例えば日本共産党などの地方議員の事務所にはたいていの場合「生活相談」などの看板も出ています。
そこで議員事務所にメールしてみて「事務所の前に『生活相談』という看板が出ていたので相談のメールをお送りしました。長時間過密労働で死の直前になっています。」と伝えたら、対応してくれて、何らかのルートにつないでくれる可能性があります。